バテレンの世紀
  西洋とのファースト・コンタクト

   渡辺京二著(新潮社・3456円) 井波 律子 評


    2018.02.25毎日新聞 




一八五三年、ペリーが日本に来航したとき、日本中が深甚な衝撃を受け動揺した。遡ってみれば、実はこれは日本と西洋の二度目の遭遇(セカンド・コンタクト)であり、この三百年前、最初の遭遇(ファースト・コンタクト)があった。本書は、『逝きし世の面影』『黒船前夜』等々の著作において、日本の歴史を新たな角度から照射した著者が、一五四九年、ポルトガル系イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエル一行が鹿児島に到着した時点から、十七世紀前半のキリシタン禁教令、鎖国へ至るまでの約一世紀にわたる、日本と西洋のファースト・コンタクトの諸相を詳細にたどったキリシタン通史である。膨大な文献を読みこなして著されたこのキリシタン通史は、埋もれた歴史の脈絡を掘り起こした労作にほかならない。なお、本書は序章と終章を合わせ、全二十九牽から成る。

 最初に日本に来訪したザビエルは鹿児島から平戸、山口を経て、京都に向かうが、京都が無政府状態だったため、なすすべもなく、まもなく帰国した。これ以後、イエズス会の宣教師、および彼らに連動したポルトガルの貿易船が続々と、キリシタンに好意的な大友宗麟の支配する豊後、さらには平戸や長崎にやって来た。イエズス会の戦略はまず権力者と関係を深め、家臣、庶民へと布教の輪を広げてゆくものだったが、当時、九州には大小の覇者が乱立し、貿易の利を狙って宣教師に近づく者も多かった。このため、宣教師らもポルトガル貿易船との連携を強め、宗教と商業利益の両立を図るようになる。

 ともあれ九州に一定の基盤を得たイエズス会は、やがて京都に宣教師を派遣した。町衆が力をもつ京都での布教は困難を極めたが、高山右近父子をはじめ畿内の領主および配下の武士が続々と入信するようになった。著者は、九州の覇者が貿易の利にひかれてキリスト教に接近したのに対し、貿易とは無縁な畿内の領主や武士が入信したのは、混乱した時代において、より純粋に精神的確信を求めたのだろうと述べている。卓見である。

 織田信長が畿内を制覇すると、宣教師を取り巻く状況は好転した。ずばぬけた国際感覚をもつ信長は国際情勢や西洋文化に多大なる興味を示し、もともと無信仰だったにもかかわらず、安土に修道院を建てるほど、宣教師を厚遇したのである。この修道院はひときわ目立つ壮麗な三階建てで、最上階には神学校(セミナリヨ)まで設けられていたという。

 信長没後、天下人となった豊臣秀吉は当初、宣教師を厚遇し、その傘下の有力な武将のうちには、小西行長をはじめキリシタンも含まれていた。しかし、老境に入るにつれ感情の起伏が激しくなった秀吉は、やがて宣教師の過激な布教行為やキリシタン大吊との密接な関係に疑惑をつのらせ、ついには激怒して態度を一変させ、「バテレン追放令《を発布するに至る。とはいえ、との追放令は宣教師の大っぴらな布教行為を禁止するだけであり、社会の雰囲気はむしろキリシタンに好意的で、貴人の闇には十字架をアクセサリーに用いるなど、キリシタン風のファッションが流行し、秀吉自身もワインや牛肉を好んだ。

 このように秀吉の追放令にはゆとりがあったが、徳川家康の時代になると、イエズス会宣教師の立場はいっそう危うくなる。その原因の一つは、スペインとの貿易に関心のあった家康が同国との交渉を深めるにつれ、スペイン系修道会が進出して、日本でのイエズス会の布教独占を打破し、さらに布教を事としないオランダ、イギリスの貿易船が来航するようになったこと。今一つは家康自身、貿易はさておき、キリスト教文化が日本を蓋うことを危惧し嫌悪したことだった。こうした家康のキリスト教文化への警戒は、しだいに強まり、一六一四年に発布された、すべてのキリシタンを排除する禁教令へと繋がってゆく。

 このように信長、秀吉、家康の三者三様のキリシタンヘの姿勢を綿密に描くことによって、三人の支配者の差異を浮き彫りにした本書の叙述は、発見に富み、興趣あふれる。

 キリシタンを異物として排除する家康の姿勢は、徳川政権の全国支配体制が固まった後、秀忠、家光に受け継がれ、禁教令に抗する宣教師や信者を徹底的に処刑するなど、格段に強化された。かくして全面的なキリシタン禁教令のもと、一六三九年、西洋ではオランダとの交易のみを認める鎖国体制が完成したのだった。バテレンの世紀は終わったのである。

 なお鎖国の二年前、日本のキリシタン運動の最後の光芒を放つかのように、宗教反乱「島原の乱《が勃発した。本書では、この「島原の乱《を、中世後期に西洋で頻発した「千年王国運動《と通底する特徴をもっとするなど、創見にあふれる叙述がなされている。

総じて、顧みられることの少なかった西洋とのファースト・コンタクトの顛末について、綿密に追跡し、委曲を尽くして描いた本書は、まことに読みごたえのある一冊である。