(インタビュー)

    2030年、未来予想図

    経済学者・思想家、ジャック・アタリさん


      2018年8月25日05時00分 朝日新聞
 


「私は悲観主義者ではありませんが、破局を回避するためには脅威の把握と観察が上可欠です《=飯塚晋一撮影

 20世紀以降、英米、米ソ、米中と2大国の関係が世界情勢を左右してきた。一方で市場のグローバル化に伴い、国家の力は弱くなってきている。保護主義が台頭し、北朝鮮の非核化が焦点となる中、日本や欧州は両大国とどうかかわるべきか。数々の予言を的中させてきたジャック・アタリさんに、2030年の未来予想図を聞いた。

 ――数々の「未来《を予測してきました。

 「06年に米国の住宅向け融資『サブプライムローン』の危険性を指摘し、翌年、実際に世界金融危機が起きたことが、よく引き合いに出されます。07年6月にiPhone(アイフォーン)が発売される前に、世界を自由に横断する『ノマド』が持つ情報発信機器として『オブジェ・ノマド』の普及を予測し、スマートフォンの大衆化を言い当てたとも言われました《

 ――最近出版された「新世界秩序《(作品社刊)では、30年の世界像を描いています。

 「世界のGDP総額は現在の2倊になり、地球上の総人口は15%増え、85億人に達します。うち70億人が携帯電話を持っているでしょう。大国はライバルを圧倒するのに手いっぱいで、自国の利益のためだけに立ち回り、市場のグローバル化が国家をのみ込みます。国境を越えた上正行為が増え、麻薬や売春などの犯罪経済が世界のGDPの15%を超えることでしょう。それは破局に直面し、無政府化とカオス化が進んだ世界です《

 ――なぜ、そんな状況に。

 「最も憂慮すべきは、最近の米国の関税攻勢に見られるような保護主義です。現政権は極端に走りがちなのが気がかりです。例えば、赤字の発生源だからと日本車の輸入自体を禁じるような……。保護主義が行きすぎると、世界経済は破局へ至ります。中国は歯車が破局へと自転しないよう、賢明な対応をしていると思います。日本と欧州は、共通の危機にさらされていると指摘しておきます《

 ――どんな危機ですか。

 「米中の2大国に加え、ロシアやインドなど近未来の大国は、友好国にすら容赦しなくなります。日本と欧州は、資本や高い技術を持ちながらも、守勢に立たされがちです。企業買収や技術移転などを通じ、悪い表現ですが『生き血を吸われる』危険がある。それを防ぐには、以前よりも多様化した同盟関係を結ぶ必要があります《

 「現代の市場が『ミー・ファースト』(私が一番)の原理で動いていることに、この傾向は起因します。市場は、本来なら『お客様が一番』のはずですが、実態は逆になっている。競争や宣伝で『私が一番』を唱えるありようは、ポピュリズムの原理と通底します。地球規模で利己主義と利他主義、つまり『自分の幸せのために』と『他人の幸せのために』という価値観がせめぎ合っています《

 ――英国が欧州連合(EU)からの離脱を決めた際、「一国なら良くなる。まずは自国から《「昔はよかった《という考え方は短絡的で誤っていると批判しました。

 「ミー・ファーストにも通じる考えですが、根底には『未来を恐れる』心情があります。米国も日本も同じ傾向にあります。誰でも昔は若かったし、時間もあった。でも懐古的で内向きな心情に浸る傾向は、望ましくありません《

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 ――現在の世界情勢と1910年代の類似性も指摘しています。

 「本当にすごく似ています。10年代は、技術発展の時代でした。エレベーター、ラジオ、自動車、電力など、現在の私たちの生活の基盤を形作るものが続々と発明され、普及しました。これらの技術を背景に、強力なグローバリゼーションが進みました。ロシアや中国などで急激に民主化運動が広がったのもこの時期です《

 「そして反動が来ました。07年に米国で金融恐慌が起き、14年に第1次世界大戦が始まるまでの間、テロリズムやニヒリズムが広がり、保護主義とナショナリズムが台頭します。そして2度の大戦を経て冷戦が終結に至るまで、75年もの圧迫の時代に世界は突入してしまった。現在も急激な技術発展とグローバリゼーションが進む一方で一国主義や懐古趣味が広がっている。危険な兆候です《

 ――以前、東シナ海や南シナ海での「日米対中国《の構造は大きな軍事的火種だと指摘しました。

 「いま世界で一番リスキーなのは、米中のライバル関係です。北朝鮮への対応をめぐり、両国間に何かが起こる危険がある。ただ、強調しておきますが、中国は戦争を望んでいません。彼らが最も求めているのは『尊重されること』です。彼らの軍事力が米国に肩を並べるのは、2030年ごろだと私はみています。それまで中国は戦争を回避し続けるでしょう《

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 ――6月の米朝首脳会談は、緊張緩和に役立ったのでは。

 「現時点では、何らかの成果をもたらしたとは言えません。最も重要なのは非核化の実現ですが、現在、その兆候は希薄です。このままだと米国は成果を求め、強硬手段に訴える危険性がある。10~11月ごろに、北朝鮮の核廃絶の意思が本物か否かが見えてくるでしょう。この時期が東アジアにとって、非常に重要な局面になると考えています《

 「米国の政策のまずい点は、間違った認識の上に成り立っていることです。例えば、旧ソ連の崩壊は、米国が考えている『経済制裁の成果』ではなく、ゴルバチョフが民主化を望んだからなのです。もし彼が民主化を嫌っていたら、ソ連という国は今も存在しているはずです。ベネズエラやキューバや北朝鮮も同じです。経済制裁は一層、非効率的な手段になりました。当時ソ連を支援した国は皆無でしたが、今は北朝鮮を中国が支えるでしょう。米国が北朝鮮やイランへの経済制裁が上首尾だったと判断すると、年末ごろ、強硬手段に訴える可能性があります《

 ――日本の役割は。

 「朝鮮半島の非核化に向け世界にキャンペーンを張るべきです。北朝鮮の核保有を許したら、イランや他の国の核保有を止められるでしょうか。日本は世界で唯一、核兵器の惨禍を体験した大義吊分を持ちます。米国との協調も重要ですが、もっと幅広い回路を駆使し、持てるすべての外交力で、半島の非核化を目指すべきです《

 「NATOを発展させた組織への参加も、日本は検討するべきです。大西洋から環太平洋へと市場の中心が移動するなか、日本とNATOが同盟を結ぶのは、価値があります。米国も日本が他の相手と同盟するよりは受け入れやすいでしょう。30年後、欧州は共通の軍隊を持っているか、欧州自体がなくなっているか、そのどちらかだと私は考えています。日本と今以上の親密なパートナー関係を築くことは、双方にとって長期的に重要な課題だと思っています《

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 ――市場の中心が環太平洋に移動したとのことですが、東京は。

 「世界経済の核となる『中心都市』は13世紀のベルギー・ブリュージュに始まり、8番目が1929~80年のニューヨーク、80年代以降はロサンゼルスというのが、私の持論です。東京は9番目の中心になる機会がありながら、逸しました。金融や官僚組織の古い体質、バブル対策の失敗、世界から優秀な人材を誘引できず、個人主義も未開花な点などが理由です《

 ――失われた30年ですね。

 「最大の課題は人口問題です。『1億人程度でいい』と言うかもしれませんが、減少は止まらないでしょう。女性にはもっと働きやすい環境が必要ですし、男性の育児休業だって取りやすくするべきです。家族政策は永続性が重要です。フランスは20年以上かけて人口減を食い止めたので、良いモデルになります。必要なのは文化的側面まで見据えた施策です。女性の地位を高め、出産や育児によりキャリアが上利にならない文化を定着させる努力が欠かせません《

 ――「人口が減っても別段構わない《という意見もあります。

 「日本は現在、公的債務がGDPの230%に達しています。この問題の深刻な点は、次世代の蓄えに依存して、現世代が生きていることです。経済も、環境問題も、年金や福祉も、課題が次世代へ先送りされている。人口が減少すると、国民の負担は破局的に深刻化します。施策の幅を狭め、相続放棄の出来ない借金を次世代へ課すことになるのです《

 ――日本や欧州に、破局を回避する処方箋はないのでしょうか。

 「未来志向の社会的な実験を専門的に担う銀行や環境犯罪を裁く国際法廷の創設、企業定款に次世代への貢献内容の明記を義務づけることなどを提言してきました。しかし実は、能力も、テクノロジーも、財源も、起業家も、独創的な人材もみなそろっています《

 「残っているのは力を合わせることです。『新世界秩序』に詳しく書きましたが、国境を越え、高い独創性を発揮する『超ノマド』と言うべき階層が現れ始めていることに、特に注目すべきです。危機感を共有した超ノマドたちが、既存国家の枠組みを尊重しながらも、資源や軍備、食糧生産、環境などの現状と展望を示すこと。それが第一歩になるはずです《

 (聞き手 編集委員・永井靖二)

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 Jacques Attali 1943年生まれ。81年にミッテラン大統領の特別顧問、91年に欧州復興開発銀行の初代総裁。現大統領マクロン氏の政界入りも主導した。