現代ビジネス

  アフリカ少年が見たニッポン・
   話題の漫画作者が差別について思うこと
    星野ルネさんにいろいろ聞いてみた

   ラリー遠田お笑い評論家


     2018.10.13

カメルーン生まれ、関西育ちの星野ルネ

ラリー遠田 お笑い評論家
プロフィール
1979年、愛知県吊古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、 『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)など著書多数。新著に『とんねるずと「めちゃイケ《の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト・プレス新書)



カメルーン生まれ、関西育ちの星野ルネが描いた『まんがアフリカ少年が日本で育った結果』(毎日新聞出版)が話題を呼んでいる。


星野は母親の日本人との再婚がきっかけで4歳のときに来日。それ以来、人生の大半を日本で過ごしてきた。

自身の体験をもとに、日本人が無意識のうちに黒人に対して抱いている偏見や先入観をあぶり出していく彼の漫画は、SNSで公開されて間もなく大反響を巻き起こし、異例の速さで出版へとこぎつけた。異色の漫画が誕生した経緯と、日本人の「上思議《について、星野に聞いてみた。

   なかなかチャンスがないなかで

――この作品を描こうと思ったきっかけは?

最初は単純に「みんなが知らない世界があるんだよ《っていうのを伝えたかっただけなんです。「黒人ってこうだと思ってるでしょ? 実はこうなんだよ《みたいなのを描きたかった。自分自身も本を読んだりして新しい情報を入れるのが好きなので、それが面白いんじゃないかなと思ったんですよね。

もともとはテレビでそういうことをやりたかったんです。外国人のタレントが出る番組って結構あるじゃないですか。でも、僕みたいなアフリカ系日本人とか微妙なラインの人はあんまりいないっていうのを発見して。そこで何か作れないかなと思って、タレント活動もやりながら悶々としていたんですけど、なかなかチャンスをつかめなくて。

若かったからそれを上手く表現できなかったし、ガッツもなかったし、女にも溺れたし(笑)。で、いろいろもがいている最中に、漫画だったら自分のペースでできるな、と思って描き始めたんです。

――最初はツイッターに作品を投稿されていましたが、1日1作品ぐらいの早いペースでアップしていましたよね。描き続けるのは大変ではなかったですか?

そうですね。はじめたころは絵を描くのに手を抜いていたんです。1ページ30分ぐらいで仕上げていましたから。「画力が上がってる!《とか言う人がたまにいるんですけど、画力が上がってるんじゃなくて、かける時間が長くなっただけなんです。時間をかければかけるほど絵はそれなりに上手く描けますから。今は平均2時間半ぐらいですね。

――星野さんが絵を描き始めたきっかけも、コミュニケーションの手段としてだったそうですね。

そうそう。4歳のときに日本に来て、保育園に通い始めたんですけど、最初は全然日本語が分からなくて。そこでお絵描きの時間があって、自分の描いた絵を見てくれる子がいたんです。何を言ってるかは分からなかったけど、笑っているのは見えて。「これで仲良くなれるんだな《って子供ながらに思ったんですよね。その体験がやっぱり自分の中で大きかったんでしょうね。だから、それから人生通してずっと描き続けてます。

『ドラゴンボール』を見ては絵を真似して、『スターウォーズ』を見ては真似して、っていう感じで。あと、自分がバイトで工場に入ったときにも、工場の仲いい人たちの漫画を描いたりしましたね。『ドラゴンボール』の世界みたいなところでみんなで冒険して、僕の先輩が一番最初にスーパーサイヤ人みたいになるんです。それを週に1~2回ぐらい描いて、みんなに見せていたんですよ。


――本に収録されている漫画の中で、最初に大きい反響があった作品って覚えていますか?

最初にバズったのは、僕が運動会のかけっこで初めて3番になったら、みんながちょっとざわついた、っていう話ですかね。まさか黒人が1位じゃないなんて、という話なんですが(笑)。あと、高校の入学式のときに、みんなが僕を見ないで窓の下の誰かを見ていて、「僕より目立つやつって誰やねん《と思って見てみたら、派手な民族衣装を着た僕のオカンが立っていた、っていう話も人気でした。

ああいうネタはもともとテレビとかでしゃべるためにストックしていたんですよね。昔あったこととかを思いつくたびに携帯にメモっていて、それが100~200個ぐらいたまってたんです。で、そんなにテレビに呼ばれることもないから、その内容を漫画にしたっていう感じです。

――どのエピソードも漫画の中ではサラッと描かれていますが、実は明らかな「差別《にあたるような出来事も含まれていますよね。

そうなんです。たしかにそれは問題なんですけど、差別だと知らない人に対して怒るっていうのは、僕の中ではないんですよね。何も知らないで、そんな気なしに言っていたことが「差別だ!《って指摘されると、言われた方はもうたまらなくなると思うんですよ。普通にご飯を食べているだけで「なんでお前はご飯食べてるんだ!《って怒られるような感覚じゃないかと思うんです。

そういう人に対していきなり怒っても始まらないですよ。だから、当たり前にやっていたことがもし誰かを傷つけているんだとしたら、「実はこうなんですよ《って大らかな気持ちで説明していくしかないのかな、って思っています。じゃないと、たぶんその人の中ではなにも変わらないです。あくまで僕の持論ですが。


   黄信号、という役割

――例えば、昨年末に放送された『ガキの使いやあらへんで!!』の特番『絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!』でも、出演者が顔を黒塗りにして登場したところ、「それは黒人に対する差別表現である《と問題になったことがありました。あれに関しても、そもそも多くの日本人は黒塗りが差別表現にあたるということを知らなかったのではないかと思います。

そうなんですよ、早いんですよね。ある日突然、それまでは寛容的に見られていたものが「それはダメ!《と言われてしまう。青信号からいきなり赤信号に変わる、みたいな。「いや、まだ黄色になってへんやん《っていう。今まで青信号だと思っていたものが急に赤信号だって言われても、車は止まれないですよ。いったん黄信号を挟むから、みんな「そろそろスピード落とそうかな《って考えるわけじゃないですか。そこはちょっと、いまの風潮には違和感があります。

――その意味では、星野さんの作品は赤信号の一歩手前の「黄信号《みたいな役割を果たせるのかもしれないですね。この漫画って無理にコミカルに笑わせようともしてないし、逆に「こういうのは差別だ《とか「傷付いた《みたいなシリアスな感じにもしていない。その真ん中の自然体な感じで描かれていて、それがすごく新しくて面白いなと思ったんです。

そうそう、「もうすぐ黄色になりそうだね《ぐらいの感じかもしれない。やっぱりそれがないと、いきなり切符切られて「はい、罰金《って言われたら、「やってられるか!《ってなるでしょう。まあ、差別されている側の……たとえば外国人とかハーフの人とかでも、すぐにカッとなっちゃう人も多いんですよ。本人は辛い目に遭っているからそれも仕方ないんですが、自分は被害者で相手は加害者だって決めつけちゃってるんです。

でも、法律でも「善意《の悪人みたいなのってあるじゃないですか(善意:ある事実や事情を知らないということ)。「悪意の悪人《はもちろん裁いていいと思うんですけど、「善意の悪人《を裁くには別のシステムを採用しないと難しいんじゃないかな、というのが自分のスタンスです。


   まだまだ時間がかかるのでは

――最近で言うと、女子テニスの大坂なおみ選手も、日本のマスコミからはやたらと国籍とかアイデンティティのことを聞かれるじゃないですか。世間では「この人を日本人と言っていいのか《みたいな戸惑いの声もあって。そんな声がまだあるのか、と驚きませんか?

まあ、しょうがないところもありますよね。ほぼ単一民族だ、という考えを持った人が多くいるなかで、2000年近くずっと来た国だから。もし日本のサッカー代表が全員黒人と白人とラテン系だけになったら、ワールドカップで優勝したとしても心の底から「よし、日本勝った!《って言える国民はそんなに多くないと思うんですよ。

大坂選手をどう見るかっていうのは、見た目の印象もあるし、言語が基本的に英語っていうのも大きいですよね。あれで日本語ペラペラだったらまた違うんでしょうけど。そこはまだまだ時間がかかるところだと思います。

――差別的な体験も、漫画の中ではあまり深刻に描かれていませんが、実際には嫌な思いをしたこともあったんでしょうか?

ちっちゃい頃はすごく嫌なことがありましたね。指差されたり、こそこそ話されたり、露骨に何か言われたり。でも、ぶっちゃけた話、それも小学校に入って最初の2~3カ月だけの話なんですよ。それが過ぎるともうみんな見飽きちゃうんで、普通の生徒とあんまり扱いが変わらなくなっちゃうんですよね。

たまに何か言われることはあるけど、それは太ってるやつやおしっこ漏らしたやつをからかったりするのと同じレベルでしかない、と僕は思っています。僕だけがみんなに毎日糾弾されるわけじゃないんです。子供の頃ってもともとみんないじられるじゃないですか。自分もその中の1つの「黒人《っていうタグでいじられるっていうだけの話だと思っています。もちろん、深刻ないじめを受けている方もいるでしょうから、あくまで僕の場合、ですが。

それでも、大人になってからも、いじりがしつこくてウザいなあと思ったことはありますよ。

暗いところで写真を撮るときに「ルネだけ写ってへんやん《みたいないじりをする人がよくいるんです。そういうときには、「僕はあんまり怒らないけど、それをほかの人にやったらマジでブチキレられるよ《ってやんわり注意したりしてます。

でも、あんまり身に染みてなくて、もう1回おなじことを言ってきたりとかするから、「え、キレた方がいいの? めんどくさいなあ、あんまりキレるの好きじゃないし。あの1回で何となく伝わんないかな《って思ったりするんです。

――それってたぶん、言っている方は冗談としてなにげなく言っているだけなんだけど、星野さんにとってはもう何回も聞いているベタなやつなんですよね。

そう、まず僕に対してスベってるし、何も面白くないし。あと、昔の話ですが、バイト先の先輩が、何かの話の流れのなかで「お前は昔、奴隷だったんだから《みたいなことを言ってくるときがあって。

―*聞いているほうも恥ずかしくなるレベルですね……。

そういうときには、もうこの人にはなにを言っても通じないから、「ああ、教育って大事だな《って思うようにしています(苦笑)。

あと、「差別反対《って言っている人は結構いるけど、自分が理解していないことに関しては平気で差別しちゃう人もいますよね。例えば、人種差別とかにめっちゃ怒っている人が、キャバクラ嬢とかのことを「あんな水商売のやつら《と言ったり、平気で職業差別をしてたりする。でもそういうことってあるんですよ。

アメリカの大統領選のときにも、民主党支持者の中には「人種差別をするようなドナルド・トランプみたいなやつはダメだ《って言いながら、「トランプを支持しているのは南部の方の教育水準の低いやつらばっかりだ《とか言っていた人もいるわけじゃないですか。

もちろん今までの人生で見てきたものは違うかもしれないけど、その人たちも同じアメリカ人であって、そういう人たちの意見も尊重されるべきなのに、やっぱりそこにも差別みたいなものがあって。一切差別しない聖人君子みたいな人は、そうそういないですからね。



   いろいろ背負わされるけど

――黒人問題に関しては、単純に日本人が日常生活のなかで黒人に触れる機会が少なくて、慣れていないというのが大きいのかなと思うんですよね。漫画の中で、星野さんが日本人の女性に告白したときに、「ありがとう《でも「ごめんね《でもなく、「その発想がない《って言われてフラれたっていう話がありましたよね。それは本当に正直なところで、その女性は、そういうことを考えたことがなかったんでしょうね。

そうそう、差別以前の問題。そもそも考えたことがない、というような感じでした。悲しかったなあ。まあ、固定観念とか先入観はありますけどね。「アフリカは貧しい《とか「黒人は足が速い《とか。そういう先入観でしゃべっているだけですからね。彼らが持っている、理解のためのカードを増やしてあげれば、見えてくるものも違ってくると思うんです。

――そんな日本でも、最近は外国人の観光客や居住者がどんどん増えています。星野さんは日本で暮らしていて、なにか空気の変化を感じることはありますか?

日本語が上手い白人とか黒人を見て、昔の人は驚いていたけど、今は驚く人は減ったかもしれないですね。街で僕が話しかけられるときにも、昔は絶対英語だったけど、最近は日本語で話しかけてくる人が増えました。

――そんな状況の中で、星野さんは自分の社会的な役割のようなものを意識したりすることもあるんでしょうか。

うーん、もともとそこまで大げさなつもりでやってなかったんですけどね。漫画を描いてSNSで公開して、フォロワーがちょこちょこ増えて、見てくれる人がいたらいいな、と思ってたぐらいだったんで、ここまでになるとは思ってなくて。この何カ月かでそういうことも考えるようになりましたね。


――こういう漫画を描いていると、いろいろな立場の人から意見も来るだろうし、何かしら役割を背負わされる感じはありそうですよね。

そうそう、いろいろ来るんですよ。アフリカハーフのお母さんが「うちの子供がルネさんの漫画を見て元気づけられています《ってコメントをくれたり。「みんなルネさんが代表だと思ってるんで《って言っていたりして。代表なんだなあ、って(笑)。この間は新聞社の人から「移民問題についてルネさんの意見を聞きたい《って言われて。

いやいや、それ、僕の担当じゃないよ、って思ったんですけど。僕が日本に来たのは4歳だから、日本人と大して変わらないんですよ。

――背負わされますね。

もう、あえて背負ってみようとは思っていますけどね。やってみたら、なにか発見があるかもしれないですから。

(撮影・小川光)