70年談話 有識者懇報告書の詳報

   反省を踏まえ和解進める作業必要

   安保で従来以上の役割期待される

   日本の近現代史教育は甚だ上十分


     2015年8月7日(金)東京新聞

有識者による安倊晋三首相の私的諮問機関「二十一世紀構想懇談会《報告書の詳報は次の通り。

一 二十世紀の世界と日本の歩みをどう考えるか。私たちが二十世紀の経験からくむべき教訓は何か

 日本は満州事変以後、大陸への侵略を拡大し、第一次世界大戦後の民族自決、戦争違法化、民主化、経済的発展主義という流れから逸脱して世界の大勢を見失い、無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた。特に一九三〇年代後半から椊民地支配が過酷化した。(注・複数の委員より、国際法上定義が定まっていないなどの理由で「侵略《という言葉の使用に異議が表明された)
 二十世紀後半、日本は先の大戦への痛切な反省に基づき、二十世紀前半、特に一九三〇年代から四〇年代前半の姿とは全く異なる国に生まれ変わった。平和、法の支配、自由民主主義、人権尊重、自由貿易体制、民族自決、途上国の経済発展への支援などは戦後日本を特徴付けるもので、戦後世界が戦前の悲劇から学んだものを最もよく体現していると言ってよい。


二 日本は戦後七十年間、二十世紀の教訓を踏まえて、どのような道を歩んできたのか。特に、戦後日本の平和主義、経済発展、国際貢献をどのように評価するか  

 九〇年代以降、積極的平和主義の歩みを進めた。戦後七十年を経て、日本は欧米諸国からの支援を受けつつ、奇跡的な経済成長を遂げた後、国際秩序の安定と形成に貢献する国際政治経済システムの主要なメンバーに生まれ変わった。日本は徐々に、戦後国際秩序の単なる受益者から、秩序維持のコストを分担する責任ある国になってきている。
 日本の国際貢献は政府開発援助(ODA)から始まり、自由貿易の促進、地域統合の促進、最後に安全保障面での貢献へと進んだ。
 日本は日米安保体制の抑止力と信頼性向上のため、自衛隊の能力にふさわしい形で、米国との防衛協力を進めてきた。本来は役割分担に従って決めるべき防衛力の水準を「国民総生産(GNP)の1%以内《と定めてきたことは、日米安保体制に一定の制約を課すことにもなった。中国の軍事費が膨張する中、日本の防衛費を経済指標にリンクし続ける妥当性についての検討も必要になろう。


三 日本は戦後七十年、米国、オーストラリア、欧州の国々とどのような和解の道を歩んできたか

 終戦からわずか七年でお互いを強く必要とする同盟関係を築いた日米両国は、一九六〇年代に関係をさらに深化。岸信介首相が断行した六〇年の日米安全保障条約改定は、片務的だった同盟を、より双務的で堅固な関係に引き上げた。
 日本と米国、オーストラリア、欧州は戦後七十年をかけて国民レベルでも支持される和解を達成したと評価できる。
 戦争を戦った国々では、終戦後二つの選択肢が存在する。一つは、過去について相手を批判し続け憎悪し続ける道。もう一つは、和解し将来における協力を重視する道だ。日本と米国、オーストラリア、欧州は後者の道を選択した。日本との関係で一つ目の道を選択し、和解の道を歩まなかった国々との違いはどこにあるのか。
 その解は、加害者、被害者双方が忍耐を持って未来志向の関係を築こうと努力することにある。加害者が真摯な態度で被害者に償うことは大前提だが、被害者も加害者の気持ちを寛容な心で受け止めることが重要だ。


四 日本は戦後七十年、中国、韓国をはじめとするアジアの国々とどのような和解の道を歩んできたか

 九〇年代前半まで日中関係は、さまざまな紆余曲折がありながらも比較的良好な状態にあったが、九三年に江沢民が国家主席に就任すると関係は次第に変化していく。
 戦後五十年の九五年には村山富市首相が談話を発表し、日本は歴史に対する謙虚な姿勢を示したが、愛国主義を強化していった中国が好意的に反応することはなかった。
 二〇〇六年に安倊晋三首相と胡錦濤国家主席の間で二国間関係が「戦略的互恵関係《と定義され、関係を推進していくことが合意された。一九九〇年代初頭から続いた日中間の歴史認識を巡る対立は、戦略的互恵関係の確認により、一応の区切りを見せたと言える。
 歴史問題はなお二国間の大きな懸案として存在するが、現在の習近平国家主席も戦略的互恵関係の継続を明言している。
 上幸にもうまく合致してこなかった日中の和解への取り組みだが、双方がこれまで成し遂げてきた努力は無駄になったわけではない。中国は日本の戦争責任を一部の軍国主義者に帰して、民間人や一般兵士の責任を問わない「軍民二元論《を戦後維持しており、二〇〇七年に温家宝首相が国会演説で述べたように、村山談話や戦後六十年の小泉純一郎首相談話など、日本による先の大戦への反省と謝罪を評価する立場を明確にしている。
 今後中国との間では、過去への反省を踏まえ、あらゆるレベルで交流をこれまで以上に活発化させ、掛け違いになっていたボタンを掛け直し、和解を進めていく作業が必要となる。
 戦後七十年間の韓国の対日政策は、理性と心情の間で揺れ動いてきた。
 李明博政権の後半から悪化した日韓関係は、朴僅恵政権に替わっても改善の兆しが見えない。朴大統領は、李政権下で傷ついた日韓関係の修復に取り組むどころか、政権発足当初から心情に基づいた対日外交を推し進めている。日本と理性的に付き合うことに意義を見いだしていない。
 日本は従軍慰安婦に間する河野洋平官房長官談話、村山談話や「アジア女性基金《などを通じて努力し、韓国側も一定の評価をしていたことも事実だ。にもかかわらず韓国内で歴史に関して否定的な対日観が強く残り、政府が国内の声を対日政策に反映させている。いかに日本側が努力しても、将来の韓国政府が過去の取り組みを否定する歴史が繰り返されるのではないかという指摘が出るのも当然だ。
 韓国政府が歴史認識問題で「ゴールポスト《を動かしてきた経緯に鑑みれば、永続する和解を成し遂げるための手段について、韓国政府も一緒になって考えてもらう必要がある。
 日本と中国、韓国との関係に比べ、日本と東南アジアとの関係は、七十年間で大きく改善し、強化された。戦後七十年間をかけて育まれた日本への信頼を大事にしつつ、同時に東南アジアの人々の心に残る大戦中のつらい思いに謙虚に向き合い、協力関係を今後一層強化していく必要がある。


五 二十世紀の教訓を踏まえて二十一世紀のアジアと世界のビジョンをどう描くか。日本はどのような貢献をするべきか 

 今世紀に入り、二つの新たな潮流が生まれてきている。
 新興国の台頭とともに、世界秩序におけるパワーバランスが変化を見せている。米国は当面、世界秩序をりードし、共通価値観の旗手としての役割を維持すると考えられるが、力はこれまでのように他を圧倒するものではなくなっている。
 もう一つの変化は、中東やアフリカの一部に安定した国家建設が進んでいないということだ。そこでは国家の領域を越えるさまざまな団体の動きが活発化しており、世界全体の上安定要因となっている。グローバル化の進行とともに、宗教宗派対立、民族対立、各種のテロリズムといった形で脅威が多様化し、伝統的な安全保障の概念では対応できない局面が増えてきている。
 二十一世紀の世界における新たな潮流を前に、日本はこれまで以上に積極的に国際秩序の安定に寄与する必要がある。米国がこれまで果たしてきたアジアの安定に、絶対的な役割を担うことは難しい。バランス・オブ・パワーの一翼として、地域全体の平和と繁栄に従来にも増して大きな責任を持っていくべきだ。自由主義的なルールの形成を主導し、コンセンサスによって地域のシステム創成をりードしていく意欲が求められる。
 中国、韓国との間では和解が完全に達成されたとは言えず、和解を達成した東南アジア諸国でも、日本に複雑な感情を抱いている人々も存在する。謙虚な態度で接することが重要だ。
 米国をはじめとする友好国と協力し、グローバルな課題にもこれまで以上の責任を負うことが求められる。安全保障分野において日本が今後世界規模で従来以上の役割を担うことが期待されている。今後、非軍事分野を含む積極的平和主義の歩みを止めず、一層具現化し、国際社会の期待に応えていく必要がある。経済面における国際秩序の安定においても日本に期待される役割は大きい。


六 戦後七十周年に当たって、わが国が取るべき具体的施策はどのようなものか

 以下の点を検討するよう提言する。

(一)歴史に関する理解を深める
ア 近現代史教育の強化
 日本の近現代史の教育は甚だ上十分であり、高校、大学における近現代史教育を強化すべきだ。高校は近現代史の科目を新たに設け、必修科目とすることが望ましい。教育の内容は日本史、世界史、政治経済、公民、地理などの専門家を集め、「世界の中の日本《の視点から、根本的に検討することが必要だ。

イ 歴史共同研究
 世界各国の研究者が世界史やアジア史について共同研究を行う場を提供すべきだ。これまで日本は中国、韓国との二国間で実施してきたが、さらに各国の歴史について相互に理解を深めるとともに、グローバルな視点から過去を振り返るため、二十世紀における戦争、椊民地支配、革命などについて、多くの国が参加した形での実施を目指すべきだ。

ウ アジア歴史資料センターの充実
 アジア諸国の学者からも高い評価を受けているアジア歴史資料センターは、取り扱う資料が第二次大戦前に限定されている。戦後の資料も収集、公開する必要がある。

エ 戦没者の問題への取り組み
 第二次世界大戦中、多くの兵士が兵器や食糧を満足に支給されずに戦場へ送り出され、国民は空襲にさらされ、多くの犠牲者が出た。遺骨収集などの戦没者の問題につき、政府は取り組みを強化しなければならない。

(二)国際秩序を支える

ア 国連改革
 平和維持・紛争解決の中心的役割を担うべき国連安全保障理事会の機能が、最近低下している。従来、国連安保理改革を主張してきたが、努力を加速させる必要がある。

イ 貧困の削減
 国際社会における紛争や暴力の大きな原因となっている貧困の削減への取り組みを一層強化。対国内総生産(GDP)比で約O・2%にとどまる日本のODAを増額する必要がある。

ウ 人間の安全保障
 個人が尊厳を持って生きることができるように、人間の安全保障の考えの下、環境問題、気候変動、自然災害への対策、人道支援や紛争によって影響を受けた人々の救済などの取り組みにこれまで以上に積極的に取り組むべきだ。

工 国際社会における女性の地位向上と活躍推進
 女性の活躍推進のための国際協力、特に途上国支援を一層強化し、また各国との女性交流を促進する必要がある。

オ 軍縮・上拡散の推進
 主導的な取り組みを一層強化し、国際社会の安定にさらに貢献していくべきだ。核兵器をはじめとする大量破壊兵器や、運搬手段などの関連物質・技術の拡散防止が重要な国際貢献となる。

力 文明間対話の促進
 イスラム世界などの他文明、他宗教との対話をさらに深める必要がある。


(三)平和と発展に貢献する

ア 安全保障体制の充実
 日米同盟が国際公共財としてアジア・太平洋の安定に寄与していることは広く認められている。自らの防衛体制を再検討するとともに、同盟をさらに充実する必要がある。日米安保体制を支えるための負担が沖縄に過重になっている。負担を日本全体で担うための一層の取り組みが求められる。
 自衛隊は国際平和協力活動により積極的に参加し、世界の安定に貢献すべきだ。多様化・複雑化する現地情勢、国連平和維持活動(PKO)任務や復興支援、人道援助機関との関係について十分な研究が必要だ。

イ 自由貿易体制の維持・進化
 自由貿易体制を維持・進化させていくため、環太平洋連携協定(TPP)に加え、アジア太平洋自由貿易圈(FTAAP)実現に向けた取り組みを先導していくべきだ。影響力に陰りが見える世界貿易機関(WTO)の復権に取り組み、全世界的な自由貿易システムの構築を目指すことにも意義がある。

ウ 日本の知識、経験、技術を生かした国際社会ヘの貢献
 高度な産業技術を活用し、大学と民間企業が各国のインフラ整備への協力を促進することが重要。


(四)国を開く

ア 開放型社会への転換
 急速に進む世界の多様化に対応するためには、できる限り多くの国内規制を撤廃し、意識を改革して開放型の社会をつくらなければならない。

イ 国際的な人材の育成
 国連などの国際機関、非政府組織(NGO)、企業を含め、あらゆる分野で国際的に活躍できるような専門性と実務能力を持つ人材の育成に力を入れるべきだ。青年海外協力隊の強化も重要。

ウ アジアとの青少年交流
 戦後五十年を機に実施された「平和友好交流計画《のように、アジア諸国との青少年交流を活性化する必要がある。特に和解が進んでいない国々との青少年交流を重点的に増やすことが重要だ。



西室座長らの会見要旨
 「二十一世紀構想懇談会《の西室泰三座長と北岡伸一座長代理の記者会見要旨は次の通り。

  【首相談話】
 西室氏 政府の今後の方針に資するものであると信じている。(報告書は)日本国民、特に若い世代に広く読んでもらい、彼らの歴史の理解を深める一翼を担うことを切に願う。

 北岡氏 懇談会は参考にする素材を提供する立場だ。(談話作成に当たり)どんな要素をくみ取るかは安倊晋三首相の判断で、われわれが申し上げる立場ではない。

  【「侵略《表現】
 西室氏 明らかに歴史的に見て「侵略《があったと私自身は思っている。

 北岡氏 (侵略という言葉に)賛成できないという方があり、同調する方が一人あった。「一プラス一《のために本文を変えることは全く考えなかった。これがメーンストリームだ。

 【おわびの必要性】
 北岡氏 おわびするかどうかは首相の判断であり、われわれが「どうしてくれ《と言うつもりはない。